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中町の「中野家住宅」が国の登録有形文化財に(2016.04.16)

 須坂市中町の「中野家住宅」が先ごろ、国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

 市内7件目。呉服店「綿幸」の建物で、江戸後期から明治中期にかけて建てられた下店と蔵座敷、土蔵2棟が対象。製糸業で栄えたころの土蔵造りの建物が多く残る中心市街地にあり、当時の建築や、商家の様子などを伝えると共に、蔵の町並み景観を形成している。15日に所有者の中野博勝さん(63、綿幸社長)へ登録証が伝達された。
 中野家住宅は、須坂のまちの中核をなす、大笹街道と谷街道の交差点付近に位置している。江戸後期から現在地で、呉服商を営んでいる。
 下店は明治中期の建築。切妻造り平入りで正面を塗り込めて土蔵造り風としている。2階正面は黒漆喰塗り、出桁、格子窓となっている。明治の呉服店の様子を残している。2011(平成23)年に改修され、現在はギャラリーやサロンなどとして利用されている。
 蔵座敷は明治中期の建築。木造3階建て。1階は仏間を兼ねた35畳の続き間座敷で、茶室なども備えている。現在は呉服の展示のほか、講演会などの催し物の会場としても利用されている。
 北土蔵は1857(安政4)年建築。土蔵造り2階建て。日用品などを収納する倉庫として使われている。
 南土蔵は江戸後期の建築。土蔵造り2階建て。商品の呉服の在庫を保管している。入り口の観音開きの扉は掛け子塗りの厚い土戸で、高い左官技術が見られる。北土蔵、南土蔵とも置屋根形式で、須坂の伝統的な土蔵の形式となっている。
 中野さんは、信州須坂町並みの会会員などとして、蔵の町並みの保存・修景や、まちづくりなどの活動に取り組んできた。そうした中で、観光客などに町並み景観だけでなく、建物の中を見学したり、憩いの場となるよう、下店をサロンやギャラリーとして活用するなどしてきた。
 登録有形文化財に登録されたことについて「先祖から受け継ぎ、商売や生活の場として長い間過ごす中で、自然に(中野家住宅を)大切にしなければと思ってきた。保存だけでなく、活用することも大事だと思ってやってきた。今後も須坂の歴史や文化を伝えていきたい」と話している。

 

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