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【森上小5年】『支え』大切に夢へ向かって~元プロ野球・肘井さんの栄光と挫折に学ぶ(2019.09.14)

 森上小学校5年生は5日、日本サッカー協会(JFA)が主催するこころのプロジェクト「夢の教室」シリーズの体験型プログラム「ユメセンサーキット」の授業を受けた。

 元プロ野球選手・肘井竜蔵さん(23)を夢先生に迎え、ゲームやトークを通して、仲間と協力することの大切さや、『夢』は“支え”があってかなえられることなどを学んだ。
 「ユメセンサーキット」は、JFAのプロジェクトに賛同する象印マホービン(本社・大阪市)の協賛。現役スポーツ選手やOB、OGらを夢先生として派遣する「夢の教室」に加えて、猛暑対策における水分・塩分補給の重要性を啓発する。今年は応募があった全国150校の中から10校が選ばれた。
 肘井さんは兵庫県出身。小学4年から野球を始め、北条高校時代には国際交流事業兵庫県高校野球選抜チーム台湾遠征メンバーに選ばれた。2013年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから育成ドラフト1位指名を受け入団。15年に捕手として開幕一軍入り。同年、試合中に顔面死球のアクシデントに見舞われた。手術、入院を経て一軍復帰を果たすも、2018年シーズン終了後に引退した。現在は日本プロ野球選手会事務局の職員。
 夢トークでは、父の勧めと友人の誘いで始めた野球を小学6年の時にやめてしまったことに触れ、「どんなに自分が打っても、強いチームに勝てないからやめた。その頃の自分は、自分勝手で協調性がなく自己中心的。調子にのっていた」
 しかし中学入学後、友人が「もったいないよ」と、再び野球の世界に戻してくれた。公立の北条高校では1年生でいきなりレギュラー。ところが腰を傷めて手術し、やる気を失っていた時に、監督から「他に何かやることがあるんじゃないか」と声をかけられた。それを機に、チームが強くなるために必要なことを自ら発言するように。「そうすると自然に視野が広がり、自分に足りない部分が見えてきた」。県選抜で活躍すると、「プロ野球の“夢”が“目標”に変わった」
 千葉ロッテに入団し、プロの世界のレベルの高さ、厳しさを知る。夢をかなえ、さらに新たな夢を描く中での顔面死球。「病院で寝たきりの生活は先が見えず、生きることが精一杯。もう野球はできないと父に伝えた」。しかし父からの励ましでスイッチが入り、復帰を果たした。
 その後、「打席に立った時の恐怖心から打つことができなくなった。プロの世界にはクビがある」。戦力外通告を受け、引退を決意した時は「悔しさより、ほっとした」という。
 「僕にはこれまで3度の転機が訪れ、その都度、父親、友達、監督に支えられた。夢は一人ではかなえられない。練習にも相手が必要。ただ、どんなにがんばっても夢がかなわない時はある。でも夢に向かってがんばれる子は、好きなこと以外でも一生懸命やり、最低限のルールが守れる子。応援してくれる両親を支えることも忘れずに」と呼びかけた。
 将来の夢は野球選手という原口大梧君は「けがをしてもあきらめないで夢を目指したのがすごい。僕もがんばろうと思った」。西島柚葵(ゆづき)さんは「大変な思いをしてプロになったことがわかった。すごく参考になった」と話した。

 

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