越水はその後1時間ほどで下流の飯田、山王島、押羽の各地区に広がり、千曲川沿いの住宅52軒が浸水被害を受けた。12日から13日にかけて最大8地区850人が北斎ホールなど各避難所で不安な一夜を過ごした。15日現在、負傷者は報告されていない。
一夜明けて避難所から自宅に戻る住民。自宅や車、農機具、田畑が水浸しになっている光景に目を覆った。一部で越水が続いていたのか、濁流が路地に流れ込んでいた。飯田や大島、山王島では住宅の1階天井近くまで浸水している家もあった。
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小布施町飯田の中沢善男さんは木造2階建ての自宅の1階が天井まで水没した。集落の中で千曲川に一番近い場所にあり、大きな被害を受けた。「来年、80歳になるけど、千曲川の浸水は初めて。すぐ前の台風17号では農業の栗が落ちた。ことしは辛い」と話した。
中沢さん元大工で今は栗などを作る農家。夫妻と若夫婦、孫2人の6人で暮らす。避難したのは12日午後11時ごろ。車で200mほど離れた飯田公会堂に行った。避難して間もなく、千曲川の水が堤防を越えたと聞いた。
翌朝、家に戻ろうとしたが、公会堂の前まで浸水が広がっていて近づけなかった。遠くに見える家は下半分が水に沈んでいる。「2階が1階になった」ような光景だった。
「着の身着のまま。座敷も居間も風呂も服も食料もすべてだめ。これからどうしたらいいのか分からない」と嘆いた。
水が引いたのは3日後の15日。飯田地区は扇状地の一番下流にあり、中沢さんの家の向かいには、集落にたまった雨水を千曲川に排水する飯田雨水排水ポンプ場がある。ポンプ場は千曲川増水のため一時停止していた。
中沢さんは「若夫婦が大切にしていた猫も一緒に避難していて良かった。これからの再建が大変。何とか頑張りたいけれど、自分たちだけではどうしようもない部分もある」と困っていた。15日現在、飯田公会堂で避難生活を送っている。
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小布施町大島の小林隆義さん宅は小布施総合公園の隣にあり、高速道の側道沿いの農業用倉庫が2m超の浸水被害を受けた。少し盛り土してある木造2階の自宅も1.5mほどの浸水被害を受けた。
自宅再建について「1階はほとんど泥水に漬かった。干すのに1年はかかると思う。家族は嫌だといっているが、この場をあきらめようか悩んでいる」と辛い心境を話した。
15日現在、町老人福祉センター桃源荘で家族で避難所生活を送っている。「着の身着のままで避難した。89歳のおばあちゃんのために、妻の友人が布団と着替えを持ってきてくれた。本当に助かった」と感謝していた。
「町からはしばらく桃源荘にいていいと言われている。町営住宅などの仮住まいも探してもらっている様子」と話した。
15日現在、5世帯12人が桃源荘、8世帯32人が飯田公会堂で避難生活を続けている。被災家屋の2階で生活する人や空き家に移り住む人もいる。
飯田公会堂では、地区内の避難生活者や自宅台所が使えない人のために、地区住民が毎日当番で食事を用意。15日に焼きそばや豚汁を作っていた本間和子さんらは「まとまりがあるのが飯田の良さ」と話した。