須坂新聞WEBサイト 【須坂祇園祭】須坂市2件目の県無形民俗文化財告示へ
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【須坂祇園祭】須坂市2件目の県無形民俗文化財告示へ(2020.09.12)

 県文化財保護審議会(佐々木邦博会長)は3日、須坂市の「須坂祇園祭」(ぎおんさい)(保存団体・芝宮墨坂神社氏子総代会)を県無形民俗文化財に指定するよう県教育委員会に答申した。

 今年2月に諮問された。答申を受けて今月14日の教育委員会定例会で決定し、県報に告示される見通しだ。無形民俗文化財の指定は30件目。須坂市では「野辺の来迎念仏」(念仏踊り、平成9年8月14日)に続いて2件目。
 「須坂祇園祭」は芝宮墨坂神社(須坂市須坂芝宮、勝山忠厚宮司)の境内社、弥栄(やさか)社の夏祭りで知られる。天王みこし(祭神素戔鳴尊=すさのおのみこと=、牛頭天王=ごずてんのう=)を巡行後に仮宮(御旅所)に迎え、笠鉾(現在11基)がお天王さんを警護しながら旧須坂町内(氏子区域)から疫神を集めてきてはらう初日の天王おろし(7月21日)がハイライト。
 お天王さんを25日夜に担いで弥栄社に帰る天王あげまで、5日間続く。その間、住民ら氏子崇敬者はお天王さんの下をくぐり、無病息災を祈願する。
 須坂祇園祭の起源は史料が残っていないためはっきりしないが、265年前の江戸時代・宝暦5(1755)年には笠鉾や屋台がひき回されていたことを示す須坂藩触書が残っているとされる。文政12(1829)年には現在に近い形で行われていたとされる。
 京都市・八坂神社系の系譜を引きつつ、笠鉾の笠の下に取り付けられた二段の帽額(もこう)などに独自の展開を遂げた。昼の天王おろし(7月21日)、夜の天王あげ(7月25日)の祭りの構成が特徴的で、周辺地域の祭りに与えた影響が大きい―と説明された。
 関野友憲氏子責任大総代(北横町)は7日の取材に「コロナ禍で審議会の開催を心配していたが、開かれ、答申が決まり、うれしく思っている。来年は対策をしながらみこし・笠鉾の巡行をしたい。江戸時代もそうだったと思うが、お祭りは疫病が起こり、鎮まってはじめてできるので鎮まってくれることを願っている。そのために祭事はきちんとやっていきたい。250年以上先人たちが行ってきた。疫病の時だけに意義深い」と話す。
 須坂市のコメント 今後予定される県指定は大変喜ばしいこと。地域の方の努力により受け継がれてきた文化財なので、その価値もあわせて認めていただけたということだと思う。これを機に市内外のより多くの方に須坂祇園祭やその歴史、祭りで巡行する笠鉾などについて知ってもらえればうれしい。

 

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