1902(明治35)年に事業を開始し、120年余り続いた放牧事業から撤退する。土地を所有する村によると、来年度以降の土地の活用については、観光で利用を検討する地元の事業者と、新規事業者として放牧事業を継続したい現「牧夫」からの申し出があり、早期に活用方法を決めたい考えだ。
組合は村と賃貸契約を結び、牧場の160㌶で夏季の牛の放牧事業や牧場の維持管理を行ってきた。
組合によると2023年度は134頭、昨年度は75頭、本年度は49頭の牛を放牧。近年は村内の牛の牧場利用はなかった。
宮川和浩組合長(荻久保)は解散に至った経緯として「組合員からは潮時ではないか、脱退したいなどの意見が圧倒的多数だった」と説明。昨年6月末に村から役員に対し「観光と放牧事業の共存が基本的な考え。共存していくためには賃貸契約の変更も必要。組合への補助金のあり方も考えていく」などと意向が伝えられたとした。
出席者25人の過半数が賛成し、解散が決定した。
一方で出席者からは「解散の決定は寂しい」「放牧を続けてもらえるなら協力したい」などの声も上がった。17年から牧夫として働く坂下隆彬さん(41、荻久保)は「組合が培ってきたものを継続し続けていく意思がある」と述べた。
村産業振興課は取材に、今後について「白紙の状態。地元の事業者から観光で利用したいという声もあり、村にとって(放牧地としての)牧場は必要かどうかを含めて観光従事者、住民などの意見を聞いて話し合っていく。組合が解散したということは村に放牧は必要ないという意思表示。重い判断だ」と答えた。
組合は村との契約で土地は更地にして返す必要がある。事務所や放牧小屋、電柵、フェンスなどの財産処分は来年度中の完了を目指すが、村の活用が決まってから判断することになる。
宮川組合長は取材に、「(山田牧場は)自然と人の力で守られてきた。123年間、放牧事業に携わってきた中で組合として事業を続けられないことのつらさはある」と話していた。