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「天地人」ゆかりの須田氏、直江兼続と太い絆(2009.02.22)

 須坂市商業観光課はこのほど、NHK大河ドラマ「天地人」の主人公直江兼続と姻戚関係にある須坂の先人、須田氏を取り上げた観光パンフレット「知られざる天地人ゆかり~信濃侍の筆頭、米沢藩家老、須田氏出自のまち須坂」を作製、各施設に配り、情報発信に努めている。

 兼続の妹きたが須田満親の長男満胤(直江景実)と結婚、須田氏は上杉家の重臣として活躍するなど、兼続と須坂は深い関わりがある。パンフレットは須坂市立博物館の編集協力を得て▽須坂の中世を物語る史跡・古寺探訪▽須田氏のあゆみ▽須田氏人物相関図(本紙元旦号で紹介)などで構成。史跡・古寺では▽不動寺▽萬龍寺▽興國寺▽普願寺▽勝善寺▽浄運寺▽勝楽寺▽満龍寺▽蓮生寺19寺を地図や写真を交えて紹介している。
 また、須田氏のあゆみの川中島合戦の項目では「このころ、須田一族は信頼・信正(臥龍山須田氏)と満国・満親(大岩須田氏)に分裂、川中島合戦では武田方・上杉方に分かれて戦う悲哀を味わった。大岩城を武田氏に攻略された満国・満親親子は越後に逃れ、上杉庇下の将となった。満親は上杉家の内乱御館の乱で景勝方につき景勝側近に。そして、越中松倉城将となった満親は佐々成政らの織田軍と戦い、その戦況は満親から兼続に伝えられ、景勝に報告された。須田満親と直江兼続との間には太い絆が築かれていた」などと記している。
 一方、須坂市や高山村も加盟する信州・天地人誘客プロジェクト実行委員会は、直江兼続が仕えた上杉家にまつわる県内ゆかりの地をPRするため、パンフレットとのぼり旗を作製した。パンフレットは県や関係市町村主催のイベント、ゆかりの地の観光施設などを紹介、のぼり旗はゆかりの地やイベント会場などに掲げられる。

 

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